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青年⑦改訂

 投稿者:忠さん  投稿日:2017年 7月17日(月)13時02分42秒
  前回の掲示「青年⑦」の訂正・補足をしようと思いましたら、「削除・編集」のボタンを押しても、変更できませんでした。windowズ10に変わってから、プラウザの変更が定期的にされてしまうようです。ここに「改訂」を載ます。


『青年』を読んで一番気になっていることがあります。小説家を目指す純一が描こうとしている題材が物語の最初と最後で変化したことです。*引用は現代仮名遣いにあらためました

「五」より。
 フランスの雑誌に載っていた、画家・セガンチニが死ぬ間際に窓を開けさせて、「氷の山の頂きに棚引く雲を眺めていた」という記事を読んでの純一の感慨。「自分の画がくべきアルプの山は現社会である。国にいたとき夢みていた大都会の渦巻は今自分を漂わせているのである。いや、漂わせているのなら好い。漂わせていなくてはならないのに、自分は岸の蔦蔓にかじりついているのではあるまいか。正しい意味で生活していないのではあるまいか。」

「二十四」より。
 「純一が書こうと思っている物は、現今の流行とは少し方角を異にしている。」「お祖母さんが話して聞かせた伝説」であり、それを「現代語で、現代人の微細な観察を書いて、そして古い伝説の味わいを傷つけないようにして見せようと、純一は工夫しているのである」。


 『青年』を「成熟」の観点から読めば、純一は物語の最初と最後とにおいて何ら変わることなく、まさに「成熟なきビルドゥンクス・ロマン」としかいいようがないであろう。しかし、「小説家志望の青年・純一」は、上記のように物語の最初と最後では、小説の題材に対する考えが大きく変化しています。この作品を「ビルドゥンクス・ロマン」として読むのではなく、「小説家志望の青年が、小説の題材を<生活・現社会>から<伝説・歴史>へと変えていく物語」として読む方がよいのではないでしょうか。
 ここで、山崎正和の評(「青年⑤」参照)、「純一はめまぐるしい体験にもかかわらず、そういう劇的な逆転の瞬間がどこにもないことを悲しんでいるのである」について考えてみたいと思います。どうして、純一に「成熟」がもたらされなかったのか?
 私は、純一の「過剰な自意識」に起因すると考えます。さまざまな体験をしながらも、「劇的な逆転の瞬間」がなぜなかったのか? 特に女性(未亡人・お雪・おちゃら)との出会いをみればよくわかりますが、相手の魅力に心惹かれながらも、相手が近づいてくればくるほど、純一は、相手に縛られるのを(自由を奪われるのを)怖れ、一歩も二歩もしりごみをしてしまう。これは、彼の「過剰な自意識」のよるものであり、そんな形で自己防御をせざるをえないほど「傷つきやすい心」の持ち主であったといわざるをえません。まさに近代を生きる「青年」の典型だといえます。
 また、主人公が「小説家志望の青年」という設定が重要ではないかと思います。ドイツ三部作は、主人公はそれぞれ「官僚」「画家」「軍人」という設定でしたが、自然主義を否定してきた小説家・鷗外が、「小説家」をモデルにしたという事には何か相当な覚悟とでもいえる思いがあったのではないでしょうか。これは単なる偶然かもしれませんが、実生活でのエリス問題とどこか重なるような(もちろん多くは創作ではあるが)題材を取り上げた『舞姫』と、小説家・鷗外が「小説家」を描いた『青年』とが、ともに「成熟を禁じられている人間」を描いた作品になっていました。鷗外が自己の内面の「核心」に触れるテーマを取り上げるたびに、まるで自己処罰でもするかのように、主人公の青年の「成熟」を禁じてしまう、とでもいいましょうか。鷗外の中のこのような自動制御装置が働くかぎり、小説のテーマを「現社会」に求めづらくならざるをえなかったのではないでしょうか。
 今回も荒っぽい意見になりましたが、気になることについて私見を述べてみました。
 
 

青年⑦

 投稿者:忠さん  投稿日:2017年 7月15日(土)16時39分55秒
  『青年』を読んで一番気になっていることがあります。小説家を目指す純一が描こうとしている題材が物語の最初と最後で変化したことです。*引用は現代仮名遣いにあらためました

 「五」より。
 フランスの雑誌に載っていた、画家・セガンチニが死ぬ間際に窓を開けさせて、「氷の山の頂きに棚引く雲を眺めていた」という記事を読んでの純一の感慨。「自分の画がくべきアルプの山は現社会である。国にいたとき夢みていた大都会の渦巻は今自分を漂わせているのである。いや、漂わせているのなら好い。漂わせていなうてはならないのに、自分は岸の蔦蔓にかじりついているのではあるまいか。正しい意味で生活していないのではあるまいか。」

「二十四」より。
 「純一が書こうと思っている物は、現今の流行とは少し方角を異にしている。」「お祖母さんが話して聞かせた伝説」であり、それを「現代語で、現代人の微細な観察を書いて、そして古い伝説の味わいを傷つけないようにして見せようと、純一は工夫しているのである」。

 「現社会」の「生活」の中に題材を見つけて作品にしたいと考えていた純一が、物語の終盤では、「現代人の微細な観察」を書くのに、「伝説」というスタイルをとろうとしたのはなぜなのか?
 

可能動詞

 投稿者:忠さん  投稿日:2017年 7月14日(金)13時34分10秒
編集済
  『青年』を読んでいて、次のような表現が気になりました。
(1)自分も一洗濯したら、あんな態度になられるだろうと思った。「八」より。
(2)そんな事で人間が幸福になられるでしょうか。「二十」より。

(1)は地の文、(2)は会話文の中での使用ですが、今の時代ならば、「なられる」よりは「なれる」という可能動詞を用いるところでしょう。言文一致が定着する時代に抗って、鷗外は動詞「なる」に可能の助動詞「れる」を用いた文法に忠実な用法を意識的に使っていたのでしょうか?
それとも、この時代はまだ「なられる」という可能の表現の方が一般的だったのでしょうか? 細かいことですが、気になりました。可能動詞は江戸時代の初期頃から登場したともいわれていますが、はたして「なれる」はどうなんでしょうか?
 

舞姫は?

 投稿者:忠さん  投稿日:2017年 7月14日(金)12時59分38秒
編集済
  山崎正和の評にでてきた「ビルドゥンクス・ロマン」として鷗外の初期作品『舞姫』を読んだとしたならば、どうだろうか?
 ドイツ留学の三年間で、「昨日までの我ならぬ我」と決別し、「まことの我」に目覚めた豊太郎は、一人の人間としてエリスを愛することによって、「成熟」へ一歩踏み出したかに見えたが、異国の地での生活が現実のものになるにつれて、足がすくみ、一歩も先に進めなくなってしまった。「成熟」の夢は無残に破れ、「人知らぬ恨み」に苦悩しながら帰国の途につく。太田豊太郎もやはり「成熟を禁じられている人間」であったといえよう。豊太郎も「自分の成熟を禁じているその原因の探究に向かうべきであった」にもかかわらず、問題の本質を見失い、最後は相沢を「憎む心」へと問題を矮小化することでこのドラマは終わっている。太田豊太郎は「原因」の何たるかはわからなかったけれど、作者・鷗外にはその「原因」の何たるかは見えていたはずである。それは、天方伯や相沢の言動に典型的に表れている「立身出世」という明治半ばまで、有為な青年達を支配していた「価値観」だったのです。
 では、『舞姫』から二十年後に書かれた『青年』において、どうして「原因」の追究がなされなかったのであろうか? 私は、「追究がなされなかった」のではなく、「追究ができなかった」と言ったほうがむしろ適切ではないかと推測している。なぜ、できなかったのか? 明治二十年代の初頭に書かれた『舞姫』と、明治四十年代の初頭に発表された『青年』との間におきた時代の変化が、青年の成熟を禁じる根本原因を見えづらくさせ、果ては鷗外をして長編「教養小説」のもくろみを断念させてしまったのではないか。「国家」の支配力が弱まり、西欧から輸入された「個人主義」が青年達に定着していった時代の中で、ものの本質は一層見えづらくなってしまったといえよう。それは、「立身出世」のような確固たる価値観が意味を失ってしまったからである。『牛肉と馬鈴薯』の時代は、まだこの価値観が信じられていたのである。だが、この価値観が崩れ、「個人」が荒野に放り出されてしまった時代に生きた夏目漱石は、人間の「内面・こころ」を徹底的に掘り進めることで物事の本質という鉱脈にたどり着こうと悪戦苦闘した。鷗外は問題追究の場を、「生活」から「歴史」へと移していった。「生活」を掘り下げようと思っても、もう先に進めなくなってしまったのではないか。作家を目指す小泉純一が、小説の最後でそう決意したように。純一が書こうとしているものは、「お祖母さんが話して聞かせた伝説」であり、それを「現代語で、現代人の微細な観察を書いて、そして古い伝説の味わいを傷つけないようにして見せよう」と工夫して書こうとしているのである。よくも悪くも、この『青年』執筆が鷗外の作家としての転機になったことだけは間違いなかろう。
 今回も荒っぽい私見を述べましたが、皆さんのご批評を頂けたら幸いです。
 

青年⑥

 投稿者:忠さん  投稿日:2017年 7月13日(木)18時55分47秒
編集済
  前回で、最初に触れました、作品の最後に書き加えられた「付記」について再度取り上げます。鷗外の言葉をどのように理解したら良いのでしょうか? 付記を添えた鷗外の意図は何だったんでしょうか?
 私は、「付記」も作品の一部として読むべきだと思っています。なぜならば付記は読者の読みを方向づけてしまうからです。こんなふうに読んでほしい、という作者の意図がこめられているからです。「書こうと企てた事の一小部分しかまだ書かず、(略)いつの間にか二年立った。とにかく一応これで終わりとする」。『青年』は最初の構想の段階ではもっと長い作品になるはずであったが、思うように筆が進まず(?)、早くも二年が過ぎてしまったので、しかたなく(?)ここで区切りをつけて、「作品」として発表した。だから、読者の皆様、このような事情をご理解のうえ、ご寛容なるなるご批評をお願いしたい。と、付記の意図を勘ぐりたくなくなります。でも、鷗外ともあろう文豪が、そんなさもしい了見を持っているとも思えませんから、私の理解は的外れなのかも・・・逆の見方も可能かと思います。この付記は鷗外の謙遜であって、この作品は当初の構想どおりには書き切れてはいないが、これはこれなりに読者の評価を得られる作品にまとまっている、という自信が見え隠れする言葉であるという見方です。文芸批評あり、文明批評あり、「新人」とはなんぞやという哲学もあり、で「思想」を前面に出した新しい(?)スタイルの作品にチャレンジしたという自負として読めはしないか、ということです。
 鷗外の言い訳なのか、自信を秘めた謙遜なのか、それとも、作品成立の事情を述べただけであり深読み無用の記事なのか?  皆さんは、付記をどのように読まれましたか? 
 

青年⑤

 投稿者:忠さん  投稿日:2017年 7月 9日(日)17時35分56秒
編集済
  前回の書き込みをした後、再び読み始めましたら、「劇的な展開」を予想させる坂井未亡人との再会の場面に入り、一気に読み終えました。さて読み終えた後の感想に何か変化が起きたかと言えば、残念ながらおきませんでした。鷗外は、作品の最後に、「書こうと企てた事の一小部分しかまだ書かず、(略)いつの間にか二年立った。とにかく一応これで終わりとする。」と付け足しています。どんな構想の小説を企てていたのであろうか?
 この作品を読み終えた、私の不満は次に引用する山崎正和の評が代弁してくれていると思います。少し長いですが、引用します。

『鷗外 闘う家長』(山崎正和・昭和47年河出書房新社 刊)の中で、山崎は『青年』について次のように述べています。  「第三章」より。

 ひと言でいえば、「青年」は成熟の起らないビルドゥンクス・ロマンであり、その主題は、体験がどうしても劇的な完結をつくり得ない悲しみだといえる。人間が成熟するためには「現在」を過去から引きちぎり、そのなかで過去の意味が逆転するような閉じられた時間を経験しなければならない。それまでの自己がいったん死に、同じ瞬間に新しい自己が蘇生するのが成熟ということの内容であろう。しかし純一はめまぐるしい体験にもかかわらず、そういう劇的な逆転の瞬間がどこにもないことを悲しんでいるのである。
 じつは、この淡い悲しみは作中に的確に描かれているのだが、それが今ひとつの説得力を持たないのは、主題が自覚的に追究されていないからであろう。明らかに純一は成熟を禁じられている人間なのであるが、しかし、それが何ものかによって禁じられているという自覚が主人公に欠けている。この自覚が見えない以上、読者は「青年」をありきたりのビルドゥンクス・ロマンとして読むほかはなく、そう読めば、「成熟なきビルドゥンクス・ロマン」という奇怪な矛盾に当惑せざるを得ない。成熟にいたらない青春をただ時間の流れに沿って描けば、それがまとまりのない事件の羅列に終わることは火を見るより明らかであろう。もし作者にそれだけの自覚があれば、当然、純一の目は自分の成熟を禁じているその原因の探究に向かうべきであった。かりに原因そのものは最終的に解明され得ないとしても、この探究の姿勢が貫かれていれば、少なくとも純一はもっと明確な行動の線をたどることができた。そうなれば「青年」はこれなりに統一ある作品展開を見せることになり、いわば「反・ビルドゥンクス・ロマン」ともいうべき新しいジャンルを開いていたかもしれないのである。
(略)
 だが、このふたつの作品(中村注:『灰燼』《主人公は山口節蔵・・現実のすべてに虚無的な無感動を示している人物》と『青年』)はこれだけの重大な欠点にもかかわらず、虚心に読めば、或る不思議な感銘を残すこともまた事実である。ここにはあの索漠たる思いを噛みしめながら、しかし、誠実に、内部の空虚から目をそらさない人間が描かれているからである。

*(中村注)ビルドゥンクス・ロマン・・ドイツの哲学者・ディルタイ(1833~1911)が、ゲーテ『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』を中心に、それに類似した作品群を指してよんだ言葉であり、ドイツ小説の一つの特質を指す言葉としてとらえられている。
「教養小説」ないしは「自己形成小説」と訳されている。山崎の評は、「自己形成小説」という意味でとらえればわかりやすいのではないこと思います。
 

青年④

 投稿者:忠さん  投稿日:2017年 7月 9日(日)11時40分6秒
  今、「二十二」章にはいりました。鷗外の作品としては、つまらない作品ですよね、というのが今の正直な感想です。最終章に向けて何か、劇的なドラマが待っているのでしょうか、一縷の望みを失わずにラストまで読み進めたいと思います。主人公・純一を初めとして、小説家・大石、同郷の瀨戸、医学生の大村、それぞれ個性的な人物が登場する割りには、彼らの「生活」がまったく見えません。未亡人、お雪、芸者・おちゃら、謎めいた女性陣が登場するけれども、純一との距離を縮めそうで縮まらない。ひとえに、純一の警戒心によるものでしょうが。これでは登場人物達は物語に彩りを添えるだけの、「点景」でしかないのではないでしょうか。総じて、登場人物が羅列的で、物語が平板になっているような気がします。『うたかたの記』を読んで、ドイツ三部作といわれる作品の、「物語」としての面白さを再発見しましたが、この作品は、文芸批評、文明批評など興味を惹く内容もありますが、「物語」としての評価はどうか?疑問が残ります。「思想」は描かれているが、「人間」が十分描かれているとは思えません。最終章まで読んだら、この感想が変わるかもしれませんが。
 読んでいて、疑問に思うこと。文中に外国語がどうしてこんなに多用されているのでしょうか?
私は、岩波書店の鷗外全集で読んでいるのですが、外国語表記に対する注釈が一切ないので、読みにくくて仕方ありません。本作が掲載された雑誌「昴」の読者層はどんな人達だったんでしょうか? 『三四郎』は新聞小説、今ほどの大衆性はなかったでしょうが、一応大衆相手の新聞小説です。それを多少意識した文体と構成。鷗外はどんな読者層を念頭に置いて本作を書いたのでしょうか? わかりにくいことが多い作品です。 
 

青年③

 投稿者:忠さん  投稿日:2017年 6月25日(日)12時17分40秒
  「九」章(回と言うべきか?)、自由劇場でのイプセンの劇の公演を見に行く場面である。自由劇場が会員制であり、二日間公演であったこと、劇場内の様子などが描かれていて興味深かった。ただし、上演されている「ジョン ガブリエル ボルクマン」のストーリーは読んでいてまったく頭に入らなかった。いよいよ、純一が偶然隣の席に座っていた法学者坂井の未亡人と遭遇するのである。奥さんは「凄いような美人で、鼻は高過ぎるほど高く、切目の長い黒目がちのめに、有り余る媚びがある」と直感し、だんだん奥さんに惹かれていく。純一が奥さんに惹きつけられるのが「パルフュウムの香」と「奥さんの謎の目」であるところが面白いですね。前の席に座っている令嬢二人の視線を気にしだいたとき、「純一は五官を持ってせずして、背後に受ける視線を感ずるのが、不愉快でならなかった」と思う。純一という人物は、「五官」と「運動」に強いこだわりを持った人物として描かれているようです。これはいったい何を意味しているのか?
「十」章は、奥さんの家に本を借りに行った時の顚末を日記形式で書いてある。その時の奥さんとの会話はまったく覚えていないのに、「音響」として「ある単語がいくつか耳の根についている」のであり、今ひとつ鮮明に記憶に残っているのは、「奥さんの挙動である。身体の運動である」。「こういう音響や運動の記憶が、その順序の不確かな割に、その一々の部分がはっきりとしてのこっているのである」。純朴な青年が美しい未亡人と二人きりになって、ボーッとしてしまって細部の記憶が飛んでしまったと言えばそれまでですが、私には、純一の「歩くこと」と「奥さんの運動」への関心とに何か関連があるように思えますし、奥さんに惹かれるのが嗅覚や視覚を通してであることも気になります。感想がやや散漫なものになってしまいましたが、このことは、先を読みながら整理、修正していきたいと思います。

http://氏、

 

漱石に対比すると

 投稿者:なし  投稿日:2017年 6月24日(土)20時15分29秒
  鴎外の場合は
イマジネーションや
創作という点で
あまり豊かではないようには思います。
事実を素材にした作品が多いのではないでしょうか

「青年」にしても
この時期
同じような展開の物語は
多数あったのだろうと
推測はされます

こまやかな分析をされる
忠先生を「敬愛」します

 

青年②

 投稿者:忠さん  投稿日:2017年 6月24日(土)12時05分46秒
編集済
  『青年』の主人公・純一が「歩く」描写が多いことが気になります。「八」章、拊石の講演会が終わった後医学生の大村と一緒に「歩く」シーン、「歩く」こととと「考える」ことの相関、何が意味を見いだせそうですね。漱石作品もそうですが、本作品もまた、作品の中の「地理」が明確に描かれていることも特徴かと思います。明確な地理感覚と明晰な論理的思考の相関とでも言えるのかもしれません。また、「七」章、拊石の講演で、イプセンやゾラだけでなくニイチエの思想にも触れられているのが面白いですね。「なんでも日本に持って来ると小さくなる。ニイチエも小さくなる。トルストイも小さくなる。」と拊石は語り、ニイチエの言葉を引用する、「地球はその時小さくなった。そしてその上に何者をも小さくする、最後の人類がひょこひょこ跳っているのである」と。鷗外作品に、ニイチエがでてきたのは意外でしたね。作品に文明批評や文芸批評が語られるのも鷗外作品の中では、異質なんでしょうか?  

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